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最高裁判所第二小法廷 昭和52年(オ)106号 判決 1977年10月14日

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人喜治栄一郎の上告理由一について

商法二六二条に基づく会社の責任は、善意の第三者に対するものであつて、その第三者が善意である限り、たとえ過失がある場合においても、会社は同条の責任を免れえないものであるが(最高裁昭和四一年(オ)第七七七号同年一一月一〇日第小法廷判決・民集二〇巻九号一七七一頁参照)、同条は第三者の正当な信頼を保護しようとするものであるから、代表権の欠缺を知らないことにつき第三者に重大な過失があるときは、悪意の場合と同視し、会社はその責任を免れるものと解するのが相当である。

原判決は、本件手形は、上告会社の取締役であつて同会社専務取締役上本町営業所長なる名称の使用を承認されていた苫野敬弥が手形振出の権限がないのに、上告会社上本町営業所専務取締役営業所長名義をもつて振り出したものであること、被上告人は上告会社の取締役であつた古川武雄を介し本件手形の割引を依頼されたので、苫野にも上告会社の代表権があるものと信じ、同人の代表権につき特に問いただすことなく右手形を取得したこと、被告人が本件手形の所持人として満期に支払場所で支払のため右手形を呈示したが支払がなかつたことを認定したうえ、上告会社は善意の第三者である被上告人に対し商法二六二条により本件手形の振出人としての責任を負うと判断した。

しかしながら、本件記録によれば、上告会社は原審において被上告人に重大な過失があると主張しているのであるから、重大な過失の有無を判断することなく、被上告人が善意であるというだけで直ちに、被上告人の請求を認容した原判決には、法令の解釈を誤つた違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点に関する論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、更に被上告人の重大な過失の有無につき審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(大塚喜一郎 本林譲 服部高顕)

上告代理人喜治栄一郎の上告理由

原判決には左記に掲記の如く法律の解釈を誤まつた違法がある。

一、先づ原審は商法第二六二条の規定によつて、被告会社に本件手形の振出責任を帰せしめているが、同条の解釈を誤まつたものであることは以下に述べるとおりである。

(1) 同条を適用する場合には、何人が本件手形の振出行為に関与したかを第一に決定すべきであるが、原審は当然の如く振出名義人である訴外苫野敬弥が振出したことを前提に判断を進めているが、右振出行為は訴外古川武雄の偽造によるものであるという上告人の主張を無視し、これに関する適確な判断を示していない。

(2) 次に同条を適用するには原審も指摘するとおり、いわゆる第三者は善意でなければならず過失ある第三者殊に、重大な過失ある第三者にまで及ぼすべきではない、原審引用の最高裁、判決は無過失を要しないとするも、少くとも右過失が重大な者にまで本条を適用し得るという趣旨ではない、会社登記簿を閲覧するまでもなく、本件手形の振出欄を見れば、上告会社の「上本町営業所、営業所長」となつており、本社が振出したものでないことは歴然としており、その他右苫野敬弥の名下の丸印も上告会社とはまつたく縁のないものであることも明らかで、あまつさえ印紙の割印、支払期日の訂正印共悉く異つたものが押捺され、一見して上告会社の代表取締役が正当に振出したものであるか、どうかについての疑念が持たるべきことは自明の理である。

然るに被上告人の供述によれば、訴外古川武雄を信じ本件手形はほんの借用証程度にも考えていなかつたことが認められ、重過失も甚だしく、むしろその悪意さえ推認せしめ得るものである。

二、更に原審は商法第二六五条についても、その解釈を誤つた違法があること以下に述べるとおりである。

(1) 原審は、株式会社がその取締役にあてて約束手形を振出す行為は、原則として同条にいう「取引」にあたるとしながらも、両者の間に利害の対立を生じない手形行為については、右法条の適用を受けないとし、取締役が会社のために隠れた保証裏書をする行為を一例として挙げる、然しながらそのような理論に立ち、更につづいて原審が認定する本件手形の振出ないしは裏書の経過が仮りに正当な認容であるとしても、このような認定事実から直ちに上告人会社と苫野敬太郎との間にはなんら利害の対立はなかつたものと判定するのは前記隠れた保証裏書の例とは本質的に異なり、不当極まるものである。

(2) 然かも右のような例の場合でも、取締役が遡求義務を履行して手形を受け戻したときには、その取締役が会社に対し、求償権を取得することとなり、しかも取締役の手形債務には附従性が認められないため、取締役は会社に対し、無条件で支払わなければならないし、又他方会社はこの取締役の求償にも応じなければ、ならないこととなり、やはり取締役会の承認を必要とする実質的な理由のある場合ということになろう。

(3) 従つて同条に言う「取引」に手形行為が含まれるかどうかについては形式的な判断はもとより避けなければならぬことは言うまでもなく、実質的な判断をする場合にも、手形行為独自の性質を基礎に検討しなければならないものである。             以上

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